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突然の話。

2007.05.25 (Fri)
二人のこと

前回までのお話

なんて書いてると、小説みたい?(笑)

いやいや、小説の方が面白いよ・・・な、みぃです



旦那様の思いに甘えようと決めた私でした。

Tさんにも「一緒にやっていこうと決めたよ」と伝えました。

ちょうど娘さんも来ていて、Tさん・娘さんは泣きながら喜んでくれました。


以前から、治療が終わったらPET画像を撮ってみたら?と両親に言われていました。

先生に相談してみるように・・・と。

この日の夜、先生にPETを受けるために紹介状は書いてもらえるか?相談しました。

PETの話からそれて・・・

実は、放射線治療が終わって抗がん剤治療をした方がいいのではないか?という話がある。と言われました。

私は頭を殴られた気分でした。

そして頭の中が真っ白になったようでした。


「そんなに悪いんですか?」と聞き返すのがやっとでした。


先生は転移していた細胞の数と場所、私の年齢を考えてとのことでした。

ただ、抗がん剤治療は絶対と言う訳でなく、やるかどうかは自分で決めなければいけないという事でした。

手術でがん細胞は切除できてますが、転移していたことで再発の可能性は決して低くないのです。

しかし抗がん剤治療をしたからといって、必ず再発しないわけでもないし、抗がん剤の効果は五分五分だと言われました。

先生にどうしますか?と言われた時は「やります!少しでも再発の可能性が低くなるなら」と答えていました。

ここでこう答えたからと言って、治療決定と言うわけではありません。

だって、この日の相談は治療終了後、PETを撮りたいという相談だったのですから・・・

通常、こんな話は家族も一緒に説明を受けるものです。

しかし、この先生は優しい先生でしたが、少しモジモジしてる所があって、こちらから色々話さないとモジモジしてるのです。

なので、私はいつも冗談を言ったりしていました。

そんな私だったので話しやすかったのか?


そして、こういう話をする時は看護師にも伝えられ、患者のケアが出来るようになっています。


でも、突然言われた私は、その場では「旦那様と頑張ろうと決めたのだから、少しでも可能性があるのなら治療を受けよう」と思い、普通にしていました。

これが午後10時前の出来事でした。

消灯が午後10時だったので、病室に戻った時はカーテンが引かれていました。

Tさんにも話すことが出来ない位、さっきの正気はどこに行ったのかと言うくらい、ただ涙が出るばかりでした。


私の頭の中には・・・

放射線治療が終わったら退院して、旦那様と新しい家で頑張るんだと思ってたのに。

やっぱり旦那様とは別れた方がいいってことかな?

本当に手術で、ガンは取ってしまったのかな?

私は、もうダメなんだ・・・

と、色々考えていました。

今となっては、あまり思い出せません。

それ程ショックなことだったのです。


転移していたと聞いた時よりも、ショックだったかもしれません。


夜中に看護師が見回りに来た時、私は眠れず泣いていました。

看護師もどうしたのか?とびっくりしていました。

だって、先生と話すまでは元気に冗談言ったりしていたんですから・・・


そこから看護師たちが大慌てです。

色んな看護師が来て、話をしたり落ち着かせたり。

病室では他の人もいるので、ナースステーションに行って落ち着くまで話をしていました。


でも、一人になると怖くなります。

何が怖いのか分かりませんが、一人になることが怖くて仕方ないのです。

これは病気になってから今も変わりません。


次の日、Tさんと娘さんに話をしました。

昨日の朝、旦那様とやって行こうって決めたばかりなのに、なんでそんな日に・・・と泣いてました。

本当、天国から地獄に落とされたようです。


午後から母が来て、私の様子がおかしいと「何かあった?」と聞いてきました。

その頃の私は、まさに無気力。

食事も話すのもお風呂に入るのも寝るのも、何もしたくなかったのです。


母に話しました。母もショックだっただろうと思います。

泣きたかっただろうと・・・

でも、ショックを受けてる娘を前に弱気にはなれなかっただろうと・・・


旦那様にも電話で話しました。

そして「昨日は旦那様に甘えようと思ったけど、抗がん剤の治療が始まればまた迷惑をかけるし、やっぱり別れた方がいいってことじゃないかな?」と言いました。

旦那様は「何も変わらない。みぃはみぃだから、別れるつもりはない」と言ってくれました。

それでも私は、人一人の人生を変えてしまっていいのか?決断できないでいたのでした。

何度も何度も「でも、でも」と言う私に


旦那様は

「でもじゃなくて、俺が決めた事やけん、はいって言っとけばいいと!」


その言葉で「今度こそ、本当に甘えよう」と決めました。

もちろん、別れた方が・・・なんて考えても、本心は別れたくありません。

ただ、色々な選択肢がある中で、私に責任がある訳でもないのに、子供も出来るかもしれない選択があるのに、それを私が別れたくないと言うことで選択できないようにすることは出来ないと思ったのです。

だから別れたくないとは一度も言いませんでした。

もちろん、病気じゃなくても子供がいない人はいます。

でも、それと私とは事情が違うので、そんな選択をさせてしまっていいのかと悩んでいたのです。


こうやって旦那様とやっていこうと決めた私ですが、無気力なのは変わりませんでした。

月曜から金曜まで放射線治療をし、土日は実家に帰りリフレッシュ!

また月曜からの治療を頑張ろうと元気になっていたのですが、先生からの話し以降、実家に帰って気分転換しても3日と持たないのです。

あれ以来、治療も嫌だ!入院も嫌だ!食事も嫌だ!と無気力全開でした。


そんな時、旦那様が休みになったのでお見舞いに来てくれました。

院内にある公園(?)を歩きながら、色々な話をしました。

また泣きながら。。。


入院中、仲良くしてくれた患者さんで、80歳位のおばあちゃんがいました。

とても可愛らしい方で、毎朝「おはよう、今日もよろしくね。みなさん、笑顔笑顔!あなたの笑顔は素敵よ」と言ってくれる方でした。

旦那様とも何度か会ってもらいました。


公園での会話に「私も、Kさんみたいな可愛いおばあちゃんになりたい。なれるかなぁ?」と。

旦那様「なれるよ!可愛いおばあちゃんになろう!」と。


結局、退院するまで無気力は続いてしまいました。





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